おいしい京料理ドットコム に関するお問合わせは こちらからどうぞ

神輿と言えば松尾の神輿! そう思っているのは私だけ? 今回は松尾大社の祭について少し!
古くは松尾の国祭と称せられ、三月中卯日に出御、四月上酉日に祭礼となっていましたが、近年は四月二十日以後の第一日曜日に出御、それから二十一日目の日曜日に還御となっています。

桂川を舟で渡っているところ
出御祭には松尾七社(大宮社・月読社・櫟谷社・宗像社・三宮社・衣手社・四之社)の神輿(但し月読社は唐櫃)が本殿のご分霊をうけて、拝殿を三回まわった(拝殿廻しと称する)後、順次松尾大社を出発します。
松尾・桂の里を通って桂離宮の東北方から桂川を舟で渡り、桂川左岸堤防下で七社勢揃いをし、古例の団子神饌を献じた後、衣手社の神輿は郡衣手社に、三宮社の神輿は川勝寺三宮神社に、月読社の唐櫃及び東四社(大宮社・櫟谷社・宗像社・四之社)の神輿は西七条御旅所に至り、それぞれ駐輦されます。
還幸祭には、三御旅所に駐輦されていた神輿と月読社の唐櫃とが、西寺跡の「旭の杜」に集合し、ここで古例による西ノ庄の粽(ちまき)の御供、赤飯座(あかいざ)の特殊神饌をお供えして祭典をした後、列を整えて朱雀御旅所に立寄ります。
ここでも祭典、次いで七条通を西に進み、西京極・川勝寺・郡・梅津の旧街道を経て、松尾大橋を渡り、本社に還御せられます。
この還幸祭は神輿渡御祭の中心で、今でも氏子中でおまつりと言えば、この祭を意味します。社殿や神輿・供奉神職の冠・烏帽子に至るまで、葵と桂で飾るので、古くから松尾の葵祭とも称せられてきました。
神幸・還幸両祭には、いずれも吉祥院地区から二組の稚児が「榊御面」の役を奉仕する例で、男女の面をつけた榊の大枝を奉持して先導役をつとめます。
また還幸祭には下津林地区から選ばれた稚児が「松尾使」として奉仕されます。
サイト管理人のりょうたろう氏がイラストマップや写真などを使い、初めての京都旅行の方でも理解しやすいよう、京都に関する様々な情報を紹介しています。