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競馬特集でお世話になった市 聡顕(いち さとあき)から 5月15日に奉仕される賀茂祭についてのお話しを頂けました。
上下賀茂神社の例祭ですが、参列者全員がフタバアオイをつけることから 葵祭として知られております。
お父上の市忠顕さんは、第一列の山城使(やましろのつかい)今で言う国司 庁次官、ご本人は先導役の乗尻として奉仕されます。元々は馬の稽古をする場所です。
6世紀半ば、志貴島宮御宇天皇(欽明天皇)の時代に飢饉があり、 占いを行うと「賀茂の神の祟りなり」との結果が出ました。
これを鎮めるために馬を走らせ祓いを行ったところ、豊作となりました。
また、これよりずっと以前、「葵桂のかづらをつけて走馬を行った」ところ、 賀茂大神が御降臨されたと伝えられております。これが葵祭の起源です。
現在の葵祭は行列が主体となっていますが、起源は走馬にあります。

賀茂街道を北進する騎馬列
市さんは黒の装束です。
現在の葵祭で乗尻は先駆を勤めています。先駆とは行列の先頭で、道案内・露払い・警備の役です。本来は12頭(1年を表す)と言われておりますが、近年は略式で6頭です。
乗尻は5日の競馬(くらべうま)と同様に左方(赤の装束)と右方(黒の装束) がいます。
行列が始まるとき、左方は行列の進行方向に向かって、左側を歩いています。しかし、下鴨神社に入る時には行列の右側を歩いています。 なぜでしょうか?
これは京都には絶対的な右と左が存在するためです。
つまり御所から南を見たときの左が、行列の向きとは関係なく左となります。 方角で言いますと東が左で西が右です。 ちょうど左京(区)と右京(区)の関係です。
乗尻は丸太町通りから河原町通りに左折する(北を向く)とき、左右入れ替わり ます。

上賀茂神社での走馬
乗尻は賀茂祭の日に2回走馬を行います。
1回目は上賀茂神社の参道で御所より奉納された馬と賀茂の馬を走らせる走馬。
2回目は上賀茂神社の裏山で賀茂大神が降臨された神山に向かって馬を走らせる 走馬。
2回目の走馬を「山駆け」と呼びます。
この山駆けが、賀茂祭の起源を現在に伝える儀式となっています。
代々上賀茂神社の神官をされていた社家のご長男で、小学生の時より 乗尻として奉仕されてます。乗尻とは今で言う騎手のことですが、ただ早く 走るための手綱さばきするのではなく、「賀茂悪馬流」という独特の馬術・ 調教法にて奉仕されます。普段はエンジニアとしてお勤めですが、ご奉仕のため 実家に帰り乗尻をされます。